企業内ウィキにシグネチャを: 第 3 回 企業内ウィキでのシグネチャの役割

ウィキは現在、企業内への導入、見当が広まりつつあるExnterprise2.0ツールの一つですが、他に比べて利用、定着が進みにくいのが実情です。本記事では、他ツールとの違いとしてコンテンツの文責者、貢献者が不分明であることとその影響の可能性を検討し、この点の改善を提案します。連載第三回では、企業内ウィキに焦点をあててシグネチャの必要性を再確認し、同時に参加動機付けの他にもシグネチャを導入することに価値があることを見ていきます。

塚本 牧生 (tsukamoto@gmail.com)沖電気工業株式会社

1998年沖ソフトウェア株式会社入社。2007年より沖電気工業株式会社に出向し企業内SNS製品「Crossba®」チームで開発に参加。現在は仮想化プラットフォームチームに勤務しています。個人としてホームページの作成・更新方法に苦慮していた2001年に、登場し始めたばかりの日本語を扱えるウィキアプリケーションの一つであるYukiWikiに出会い、熱心なウィキユーザになりました。2002年にはYukiWiki2を改造したWalWikiを開発、またWikiばななどの活動に参加し、ウィキ利用に関して発言を続けています。



2009年 4月 24日

企業ウィキとシグネチャ

第二回では、一般的にウィキではWeb2.0的な参加動機に応える力が弱いことを見てきました。そして参加動機を強化するためにシグネチャをつけるというアプローチと、その具体案として既存のウィキの機能とわずかなカスタマイズで可能な「ページの共著者リスト」、私が取り組んでいるcovitというツールを使う「フレーズごとの単著者の明示」の2案を提案しました。こうしたアプローチの可能性を踏まえて、第一回では難しいと指摘されていた企業内ウィキについて再考します。

ウィキペディア型ウィキとワークプレイス型ウィキ

企業内ウィキに関するアンドリュー・マカフィー氏の指摘は次のようなものでした。

例えば、wikiの成功事例と言われるオンライン百科事典「Wikipedia」でさえ、実際に編集作業に参加しているユーザーは500人程度と、Wikipediaユーザー全体のうちの微々たる割合にすぎない。「Wikipediaにおける貢献者の割合はきわめて小さい。この割合を企業に当てはめると貢献者は0人という計算になってしまう」(マカフィー氏)
【Interop New York 2006 リポート】「Wikiのビジネス利用は課題山積」──Wiki関係者が指摘, computerworld.jp, 2006年9月22日

しかし、実際には多くの企業でウィキは利用されています。例えばIntranetBlog.comが、イントラネットでのWeb2.0テクノロジーの利用状況のオンライン調査を行っています。2008年10月に同ブログのエントリ“Intranet Blog :: Intranet 2.0 webinar Q&A”で公開された資料「Intranet 2.0 webinar」によれば、回答者の49%がWikiを使用している(うち17%は全社レベルで使用している)と回答しました。海外ではWikiはブログ(同調査によれば44%が利用)、SNS(同14%)よりも、企業内で広く使われているシステムなのです。

私の考えでは、まずウィキには少なくとも二種類があります。企業内ウィキのよく知られた事例には、例えばインテルのIntelpediaやマイクロソフトのMicropediaがあります。これらは自社についての百科事典を編纂しようという、「ウィキペディア型」の企業内ウィキと言えます。この他に、ドイツ三大銀行といわれるドレスナー銀行の投資銀行部門であるドレスナー・クラインオートや、クアルコム(Qualcomm)の業務用ウィキがあります。ローカルアプリケーションで作成したドキュメントがメールで何往復もしていた従来の作業環境に代わる、新しく効率的な協働作業環境を目指した、「ワークプレイス型」の企業内ウィキです。

ウィキユーザイベント「Wikiばな」の参加者などから、企業内でウィキを使っているということで聞かせてもらえるのは、ほとんどがワークプレイス型のウィキです。ウィキは個人がメモをとって残しておいたり、チームなどの小グループでメモやドキュメント、その作成を行うのに便利なツールなのです。マイクロソフトなどが提供しているオフィススィート製品と同様、まず作業ツールとして社員に使われます。ウィキの最初の使われ方は「書き込まれる」ことで、それがウィキ愛用者たちにとっては効率のいい作業方法だから、彼ら(少人数)の生産性向上という形で、企業にメリットをもたらします。

一方で、これから企業内に、情報部門や戦略部門主導でウィキを導入しようとする場合、ウィキペディア型のウィキを目指している場合が多いでしょう。ウィキペディア型のウィキは、ウィキペディアという恰好のロールモデルがあり、成功イメージを描きやすいのです。また、編集に参加する人の業務が効率的になるだけでとどまるより、多くの人の情報源として彼らの役に立ち業務効率にも好影響を与えれば、企業としてはよりメリットが大きいです。

ただし、私が直接聞いたことのある範囲では、ウィキペディア型の企業内ウィキが順調に参加者を集めてコンテンツを増やしてるという話はありませんでした。マカフィー氏が指摘しているのも、こうしたウィキペディア型ウィキを立ち上げることの難しさだと思います。少なくとも、マカフィー氏がワークプレイス型ウィキの成功例を知らないということだけはないでしょう。2006年4月、Enterprise2.0を提唱した論文「Enterprise2.0: The Dawn of Emergent Collaboration」で、ドレスナー・クラインオートの利用者5,000人、6,000ページという大規模な企業内ウィキを紹介したのがマカフィー氏なのです。

シグネチャで参加者を集める

企業内ウィキをワークプレイス型とウィキペディア型に分けた時、ワークプレイス型のウィキは生まれやすく、ウィキペディア型のウィキが生まれにくいようです。企業向けウィキアプリケーションのConfluenceを開発したAttlasian社の共同創業者兼CEOマイク・キャノンブルックスはプレゼンテーション資料「Organisational Wiki Adoption」(日本語訳:組織的なウィキの導入)の中で、企業ウィキはウィキペディアのようなものではないと断言し、百科事典ではなくツールだと説明しています。ワークプレイス型ウィキとウィキペディア型ウィキを区別すること、そしてワークプレイス型ウィキが企業内ウィキとして成立しやすいことについて、私も々意見です。

ワークプレイス型ウィキは、しばしば上層部からではなく草の根レベルから、自然発生的に生まれます。ワークプレイス型ウィキは「業務のための効率的な作業の場」だから、そこでの作業は自分の業務効率を上げるためのの行動です。つまり、ワークプレイス型のウィキを立ち上げ、そこに参加することは自分のための実利的な行動なのです。言ってみれば、ワークプレイス型ウィキでは、業務評価(そして給与)という社員の人数分だけ用意された実利所得で、立ち上げと参加の動機を与えることができるのです。

しかし、ウィキペディア型ウィキでは事情が異なります。自分や状況と背景を共有している仲間のために書くドキュメントと、広く社内全員の役に立つように書くドキュメントでは、作成するための労力も求められる質もまったく別のものになります。ウィキペディア型ウィキへの参加は、基本的に誰かに読ませるためのドキュメント作りであり、利他的な行動です。ウィキペディア型ウィキでは、ウィキペディアや他のWeb2.0システムで働いているような、心理所得による参加動機を与える必要があります。そして、これまで見てきたように、ウィキという仕組みそのものは、心理所得による参加動機を与えやすいものになっていません。

私がこれまで聞いた来た中では、ワークプレイス型ウィキはよく使われていますが、ウィキペディア型ウィキがなかなか成功していません。これは、この参加動機の違いと、心理所得による参加動機付けの難しさが原因ではないかと思います。ウィキ自体に、ウィキペディア型ウィキへの参加動機を与えるような仕組みは弱いのです。一方で、ウィキペディアほどに有用で認知度も高いサイトはその知名度で参加者を集められます。しかしこれから立ち上げようという、しかも社内限定のウィキサイトでは、知名度で訴えかけるのは難しいでしょう。だから、ウィキペディア型の企業内ウィキは成功させるのが難しいのです。そのように考えています。

したがって、ウィキペディア型の企業内ウィキを立ち上げようとするならば、利他心と心理所得への欲求に応え、これをうまく煽り立てることが必要です。私からの提案はやはり「ウィキコンテンツにシグネチャを」になります。そのためにはまず、ウィキアプリケーション選定の時点で、ユーザ管理と編集履歴の機能があるものを選択すること。そしてウィキページの表示時に、そのページへの貢献者リストを一緒に表示することです。一般的なウィキの場合と同じように、こうすることでウィキに参加することで誰かを助けられると同時に、感謝や認知、敬意を受けられるようになります。もちろん、できることならページ単位に共著者を示すのではなく、部分ごとに単著者を示すcovitの方式をお勧めします。それはより強い動機付けになると思うからです。

意外に思われるかもしれませんが、企業内では心理所得による参加動機は、十分に有効に働きます。より多くの人に認知してもらい、技術や知識を示し、そして敬意を払われることは、よりやりがいのある仕事や、業務上の便宜などにつながるからです。実際、そのために多くの人が現在も資格を取得し、スキルをイントラネット上に公開し、社内で社交的にふるまうように心がけているでしょう。イントラネット上でこうした機会が与えられた時、社員が熱心に参加することは、社内SNSやブログが証明しています。「ウィキコンテンツにシグネチャを」つけることで、ウィキペディア型ウィキでは高いハードルであった参加者を集めることが、少なからず改善すると信じています。

ウィキコンテンツに社員を結びつける

企業内でウィキペディア型ウィキを形成して、ウィキが「見られる」ことで多くの人の役に立つ段階に来たとしましょう。この時、ウィキコンテンツに含まれている情報は、信用(trust)できるでしょうか。たとえば、過去に起きたある問題とそれへの対処内容がウィキに書かれていたとします。あなたは類似の問題に悩まされているのですが、ここに書かれている内容を信じて対処して良いのでしょうか。これを書いた人は、どの程度調査をして、どの程度確信をもってここに書かれている内容で対処をしたのでしょう。きちんと問題の原因と発生のメカニズムを理解していたのか、それとも対処療法で、それもトライ&エラーの末にとりあえず問題が収まったから良しとしただけなのでしょうか。

ウィキのコンテンツを信用できるのか、という議論はずっと繰り返されてきました。そもそも、ウィキは信用を担保するように設計されたシステムではありません。ウィキの発明者、ウォード・カニンガムがウィキの設計原則(Wiki Design Principles)というページを彼のウィキサイトに残しています。ここにはまず彼がウィキをどのようなものとして設計したかという原則が10挙げられていますが、ここにTrustは入っていません。そして、多くのウィキ編集者や実装者が付け加えてきた彼にとっては一番の関心事に入らない(と明記している)もの、さらに「コメント」が記されている。Trustはこちらに入れられています。他にはSharing、Interaction、Collaboration、Social Networksなどがこちらです。ウィキペディア的な、あるいはウィキノミクス的なものは、決してウィキの元々の性質ではないのです。

これは彼のウィキが、元々ある程度は目的意思と知識を共有した技術者グループで運営され、閲覧されることを前提にしていたからかもしれません。この状況では、閲覧者は編集者の顔や業績、活動履歴を思い浮かべ、信頼性を推し量ることができます。これに対して、互いを知らない多くの人が編集し、さらに多くの人に閲覧されるウィキペディアでは、コンテンツの信頼性は「オープンソースの原理」で保たれていると言います。大勢の編集者と閲覧者がいるウィキペディアでは、その大勢の目によって各コンテンツがチェックされ、誤りがあればだれでもその場で直せます。だから誤りは非常に残りにくく、短時間で正されやすいのです。そしてすべての出典を明らかにするようにしています。だからなお不審な情報があれば、自分で出典をあたって確かめることができます。

では企業内ウィキでも同じようになるでしょうか。ここでまたマカフィー氏の指摘する規模の違いが問題になるでしょう。企業内に閉じられたウィキは、その企業や、広く見てもグループ企業を含めた従業員数までしか閲覧者を集められません。閲覧者の上限は、ウィキペディアの全世界五十億人、あるいは日本語圏の一億人対して、企業内ウィキでは大企業にそのグループ会社などを含めたとしても数十万人に留まるでしょう。加えて、企業というのは特定業務のスペシャリストの集まりです。ウィキにはスペシャリストだけが知っているある商品や顧客、業務プロセスに特化した情報が集まるだろうし、そうなれば大勢が見たところで、そこに書かれた内容の真偽を判断できる人は他にいないということが当たり前のように起こります。

ではどうすれば良いのでしょうか。企業内ウィキでは、ウォードのウィキに倣えば良いのです。誰が書いているかを明らかにし、その人の業務領域や経歴、職掌などを元に判断できるようにし、それでも判断がつかない時には、その人に直接聞けるようにすれば良いのでしょう。ウォードのウィキに限らず、ワークプレイス型ウィキは暗黙のうちに、グループメンバーを知っており、信頼していることが、ウィキコンテンツの信頼性の元にあります。ワークプレイス型ウィキでは一般に、ウィキに書くのも見るのもそのワークプレイスで行われている活動の参加者に限られています。初期は特にそうです。だからウィキが難の仕組みも用意していなくても、コンテンツとそれを書いた人たちを結びつけ、書いた人を判断材料として信頼性を推し量ることができます。ウォードがウィキの仕組みに信頼性の担保をとりいれていなくても、その使われ方から自然に信頼性が得られていたのです。

ウィキペディア型ウィキがワークプレイス型ウィキと違うのは、ワークプレイス型ウィキに比べてずっと多くの人が活動に参加し、さらにずっと多くの人に見られ、それもそこでの活動者以外の人たちにも閲覧され参考にされることです。このため、閲覧者にとって、執筆者や編集者はまず誰だか分らないし、次に誰だか分かってもどんな人だか分りません。ウィキペディアではそこを絶えず大勢の目がチェックしている」という状況から信頼できるとしているのですが、企業内ウィキではそういって済ますことができません。そうであれば、企業内ではウィキペディア型ウィキでも、ワークプレイス型ウィキと同じ方法、執筆者や編集者を明らかにするという方法を採れば良いのです。

その第一歩はここまで述べてきた簡単な仕組みの導入、署名を明示することです。これが、そのウィキで活動していない人にも、だれがこのコンテンツの著者か分かるようにします。もちろん、単語や分の単位で単著者が分かるようになっていれば(つまりcovitの仕組みを取り入れていれば)、ページ全体の共著者が分かるだけの状態よりも、よりよい。信頼性を知りたい部分について「この人たちの誰かがかいた」という情報が与えられたときより、「この人が書いた」という情報が与えられている方が、もちろんより正確な信頼性の推測ができます。

二歩目として、単に署名が示されているより、それがその人のプロフィールへのリンクになっている方が良いでしょう。誰が書いたかが分かったら、次はその人がどんな人かが、信頼性を図るための材料です。多くの企業には、社員データベース、あるいは社内電話帳のようなものがあるでしょう。まずはそこへのリンクで良いのです。部署や役職が分かれば、ある程度どんな業務分野についての知識や経験を持っているかが判断できます。また電話番号やメールアドレスが分かれば、直接連絡をとって「このウィキコンテンツは、単なるメモかい?それとも裏付けをとったレポートなのかい?」と聞くこともできます。もしより詳細なプロフィール、たとえばスキル情報や業務履歴などにリンクしたプロフィール、あるいはSNSやブログなど当人の普段の言動や活動が伺えるプロフィールがあれば、判断材料としてより有用になります。

企業内ウィキを、ウィキペディア的な情報源として活用されるようにしたいと思うならば、コンテンツとそれを作成した社員を、署名とリンクによって結びつける必要があります。両者を結びつけるのは、署名とリンクです。これがないと、ウィキをワークプレイスとして活用することはできても、ウィキコンテンツをウィキペディアのように情報源として活用することはできません。信頼性の見当もつかず、出所も分からない情報を、常識的な人間であれば業務に利用しようとは思わないからです。ウィキペディア型ウィキでは、コンテンツと社員を結びつける署名の役割は、参加の動機付けだけではなく、閲覧者がコンテンツを業務に活用できるようにするためのものでもあります。

社員にウィキコンテンツを結びつける

IBMの森島秀明氏によるビジネスブログ&SNSワールド07でのセッション「企業内SNS『Lotus Connection』とその活用事例」の中で、各種コンテンツとプロフィールを相互に結びつけることの重要性が説明されていました。この図をよく見ると、プロフィールからコミュニティ、ブログ、ブックマークからプロフィールへ伸びる矢印は、前項で説明したような「コンテンツに信頼性を与える」役割を担っています。しかしこれ以外の、プロフィールとコンテンツを結ぶ矢印は、役割が違うように感じられるでしょう。

図2:なぜコンテンツとプロフィールの連携が必要なのか
図2:なぜコンテンツとプロフィールの連携が必要なのか

IBM「企業内SNS『Lotus Connections』とその活用事例」(森島 秀明, 2007)より

大きくまとめれば、あと二つの役割に分かれています。一つは、プロフィールを補完し「その人について知らせる」役割。プロフィールからブログに伸びる矢印は日常活動を示します。プロフィールはこの人自身の自己評価がしかも要約されたものですが、日常活動を見ることができれば、より詳細に、しかも見る人自身でこの人を評価できます。アクティビティーからプロフィールに伸びる矢印も同様です。過去のプロジェクトで果たしたタスクを見て、実績からその人のスキルを詳細にみる人自身で評価できます。こうした情報は、ノウフーをさらに詳細で、多面的で、客観的でありながら目的に沿った面から評価できるものに高めます。

もう一つは、その人の情報源や活動を示し「活動を見習えるようにする」役割。プロフィールからコミュニティへ伸びる矢印には、「この人が参加しているコミュニティなら価値がありそう」、ブックマークへ伸びる矢印には「この人の情報源はどこ?」と付記されています。手本としたい人が普段、どんなコミュニティを情報共有や議論と実践の場としているか、どんなサイトを日常の情報源や資料集としているかといった情報は、広い意味では高業績者の行動特性(コンピテンシー)との可視化と言えるでしょう。

ウィキコンテンツに社員を結びつけることができたならば、それをたどることで社員にウィキコンテンツを結びつけることも可能になります。あるウィキ参加者のプロフィールページに、この人が編集に携わったページ、この人が追加した単語などを示すことが可能になるのです。この情報を加工して、この人が編集にかかわった知識カテゴリ、この人が使用したテクニカルタームや、商品名や顧客名といった固有名詞などを示すことも可能になります。こうした情報は、この人についてのノウフー情報をさらに充実させるでしょう。またこの人が参加している活動、ウィキ上でコミュニケーションしディスカッションしている相手と分野、そうした見習うべき活動も可視化します。ウィキコンテンツでも、社員とウィキコンテンツを結びつけることで、他のコンテンツと同様の効果が得られます。

ウィキコンテンツと他のコンテンツについて、この面で違いを挙げるとしたら「発信する分野の広さ」を挙げられるでしょう。友人が参加動機になる場面では、友人との共通の興味対象が話題にあがります。先行投資、創造的衝動、同好者との交流などが参加動機になる場合、当人の積極的な興味対象が発言カテゴリになります。しかしウィキでは、こうした本人やその友人の興味対象ではないことがらについて、彼らを編集に参加させることがあります。たとえば、もう聞くこともない昔好きだったアーティストについて。あるいは意識に上ることもなくなったとっくに終了したプロジェクトやそこで扱った製品、技術について。あるいは誰に公言することなく静かに一人で集めているコレクションについて。こうした、興味や発信意欲はないが知識やスキルを持っているような事柄について、彼らはウィキページの誤りや欠落を見つけると、そこに加筆してしまうことが、実にしばしばあります。ほんのわずかな利他心や、中途半端なものを見ると整えたくなるある種のささやかな創造的欲求を、刺激しやすい面がウィキには(そしてたとえばQ&Aサイトなどにも)あるのです。

企業は実世界(あるいはインターネットの世界)より狭く、利害関係をともにしており、同じような境遇の人が多く、一方でそれぞれにちょっとずつ異なる業務分野での専門家の集団です。ロールモデルを見つける機会は多く、その人について詳しく知り見習いたいと思うことも多いです。また問題や悩みを抱えれば、同じ境遇を経験した先行者や有識者は社内にいる可能性が高いし、見つけ出せれば「会社の利益」という共通の利害関係の元に助言や助力を頼みやすいです。社員にコンテンツを結びつけることは、これらを可能にする、その人の知識やスキルを浮き彫りにすること、いわゆるノウフーに効果があります。そしてウィキコンテンツは、この面で他のコンテンツと補完しあいやすい。他のコンテンツに比べると「興味や発信意欲はないが知識やスキルはある」分野の知識、それもしばしば実践者にしかないニッチな知識やスキルのありかをが浮かび上がりやすいのです。


まとめ

企業内ウィキの事例を見てみると、ワークプレイス型と言えるものと、ウィキペディア型と言えるものがあることが分かります。このうちワークプレイス型ウィキは、ドレスナー・クラインオートや国内ではヤフーのような会社が主導して導入したケースでも、私が知人や「Wikiばな」参加者などから聞くことのできたような草の根から立ち上がったケースでも、企業内に根付いています。一方でウィキペディア型ウィキは拡大に苦慮している様子があり、Enterprise2.0の提唱者マカフィー氏は、企業内にウィキペディアを構築しようとしたところで参加者が集まるだろうかと疑問を呈しています。

ウィキペディア型の企業内ウィキの成功が難しいのは、参加動機の問題ではないかと思われます。ワークプレイス型ウィキへの参加動機は「効率的に業務を進めること」という、自分のための実利的な動機だが、ウィキペディア型ウィキへの参加動機は利他的なもので、しかも従来からのウィキの仕組みでは心理所得を与える仕組みが弱い。この点を補うには、ウィキペディア型の企業内ウィキにも「ウィキコンテンツにシグネチャを」の仕組みが有効だと考えます。企業内では認知や敬意を受けることが、仕事や便宜につながることが多く、こうした心理所得による参加動機の強化は一層よく働くと思われます。

シグネチャには、参加動機の強化の他にも二つの効果があります。第一に、ウィキ上のコンテンツに信頼性を与えること。コンテンツの執筆者が明かされることで、その情報の出所がはっきりします。これは、業務でウィキ上のコンテンツを参考にするために、最低限必要な信頼性を与えることになります。第二に、ノウフー情報を生み出すこと。ウィキ上での活動が個人に紐づけられることで、その個人の持つスキルや参加するウィキコミュニティなどを浮び上らせることができます。この情報は、典型的なスキル登録システムに対しては「必要性が認識されていないニッチなスキル」をカバーするという意味で、SNSなどの他の活動からするを浮び上らせるシステムに対しては「積極的な発信意欲を持たない分野」をカバーするという意味で、補完的に働きます。

森島氏が図示したように、プロフィールとコンテンツを結びつける必要性や意義は従来から指摘されており、両者を結びつける矢印を、実際に多くのEnterprise2.0のシステムが「コンテンツにシグネチャを付記する」という方法で実現されてきました。

図3:コンテンツとプロフィールとシグネチャ
図3:コンテンツとプロフィールとシグネチャ

IBM「企業内SNS『Lotus Connections』とその活用事例」(森島 秀明, 2007)より

しかしこのシグネチャの機能を、ウィキはずっと欠いてきました。この点の改善は、ウィキがEnterprise2.0の一翼としてとりこまれ、企業内ウィキとして定着し効果を上げていくために重要なことだと思われます。そのことは、ウィキペディア型ウィキでは特に参加動機を強化するという点で役立つでしょうし、ワークプレイス型ウィキでは「ノウフー情報を生み出す」という点が特に有用でしょう。もちろんcovitの方式を取り入れた、ページ単位の共著者ではなく、部分部分の単著者を示すことのできるシグネチャは、企業内ここでもより有効な方式だと思われます。


おわりに

本連載では、ウィキを企業内に導入するための難関として、参加の促進・定着が進まないこと取り上げ、その理由を参加動機の面から掘り下げました。筆者は2002年から個人的にウィキアプリケーションを開発しており、企業でのウィキ活用について考えを聞かれることもあり、その難しさについて考えてきました。この「参加の促進・定着が進まない」もその一つで、本連載ではこれに対する筆者の理解と、アプリケーション面でのサポートの可能性を、企業内ウィキの最近の情報なども交えながら示すことができたと思います。

企業内ウィキについては、他にも多くの検討すべきことがあります。導入目的を明確化することの重要性を、マイク・キャノンブルックス氏は指摘しています。またウィキをSLATESの流れの中に溶け込むように他のツールと連携させることや、ウィキアプリケーションの選定で考慮すべきことなども、検討事項に含めるべきだろうと思います。企業内ウィキの導入にはまだ公開された事例やプラクティスが少なく、さまざまな面で試行錯誤が必要になるでしょう。

しかし、ウィキは従業員自身にとっては便利な作業ツールであり、企業にとっては有用な知識生成のプラットフォームであり、本来は成功しやすいものだと私は考えています。ぜひ企業内でのウィキ活用、導入を検討していただき、課題に直面すれば、この連載で参加動機という課題について考えたように、一緒に考える機会をいただければと思います。

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Zone=Web development, Open source
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ArticleTitle=企業内ウィキにシグネチャを: 第 3 回 企業内ウィキでのシグネチャの役割
publish-date=04242009