企業内ウィキにシグネチャを: 第 2 回 シグネチャによるウィキへの参加動機の強化

ウィキは現在、企業内への導入、見当が広まりつつあるExnterprise2.0ツールの一つですが、他に比べて利用、定着が進みにくいのが実情です。本記事では、他ツールとの違いとしてコンテンツの文責者、貢献者が不分明であることとその影響の可能性を検討し、この点の改善を提案します。連載第二回では、一般的なウィキへの参加動機を探り、参加動機の強化のためにシグネチャの明示を導入することを提案します。

塚本 牧生 (tsukamoto@gmail.com)沖電気工業株式会社

1998年沖ソフトウェア株式会社入社。2007年より沖電気工業株式会社に出向し企業内SNS製品「Crossba®」チームで開発に参加。現在は仮想化プラットフォームチームに勤務しています。個人としてホームページの作成・更新方法に苦慮していた2001年に、登場し始めたばかりの日本語を扱えるウィキアプリケーションの一つであるYukiWikiに出会い、熱心なウィキユーザになりました。2002年にはYukiWiki2を改造したWalWikiを開発、またWikiばななどの活動に参加し、ウィキ利用に関して発言を続けています。



2009年 4月 24日

ウィキへの参加動機付け

第一回では、ウィキサイトは一般的に言って、規模がそれほど大きくならないことを見てきました。また、Web2.0のパワーの源泉にコンテンツを生み出す参加者数の圧倒的な多さがあることを説明しました。このことは、企業がウィキからWeb2.0のパワーを引き出そうとすれば、より多くの参加者を引き付けるための何らかのアプローチが必要であることを示唆しています。同時に、そのアプローチ方法を探るために、まず一般的なWeb2.0の参加動機を説明し、SNSやブログがこうした参加動機によく応える仕組みを持っていることを確認しました。

ウィキへの参加動機(1)

SNSやブログへの参加動機を考えてみたように、ウィキへの参加動機を探ってみましょう。書籍「グランズウェル」で挙げられたWeb2.0などへの参加動機のリストは次のようなものでした。

(a)友人づきあい
(b)友人づくり
(c)友人からの圧力
(d)先行投資(便利になりそうなサイトへの、初期からの参加と協力)
(e)利他心
(f)好奇心
(g)創造的衝動(創造と作品の発表)
(h)他者からの承認
(i)同好者との交流

一般にウィキは自己アピールやフレンドシップ、コミュニケーションの場ではありません。いくつかの著名なウィキサイトではユーザ登録や自己紹介ページの作成を勧められますが、そうしたサイトでも登録は必須ではなく、匿名のまま編集に参加できることが一般的です。また特に成熟したウィキサイトでは、ウィキでもコンテンツの作成方法や内容について議論が行われますが、そこまで行われないサイトの方が一般的で、そもそもこうした議論は友達や気安い仲での会話という感じのものではありません。その意味で、(a)友人づきあい、(b)友人づくり、(i)同好者との交流といった動機は働きにくいのです。

自分や自分の参加しているグループや仲間にとって、役立つことがはっきりしているようなウィキサイトでは(c)友人からの圧力、(d)先行投資は働きます。また世の中のためになると信じることのできるウィキサイトでは、(e)利他心は大いに働きます。ただこうした動機は、そのウィキサイトの性格や誰にとって有意義なサイトになるのか、質的あるいは量的にも本当に有意義になりそうか、そういったことの見極めがついてからようやく働きだすことが多いでしょう。(f)好奇心も、これに似た面があります。とはいえ、これまでのウィキサイト運営が、こうした仲間や世の中のためという広い意味での利他心をあてにしてきたことは確かです。

ウィキへの参加動機(2)

しかし、ウィキの成功事例と言われるオンライン百科事典「Wikipedia」でさえ、参加者は必ずしも利他心で参加しているわけではありません。2009年1月のNew Scientistの記事を、POLAR BEAR BLOGが掲載した和訳から引用します。

>ウィキペディアはある意味、インターネットの精神を表すものです」と、Amichai-Hamburger は述べる。「人々は金銭的な見返り無しで貢献を行います。」利他的に貢献を行いたいという意識ではなく、実世界での社会的状況下では自己表現が困難であることが、ウィキペディアン(※Wikipediaで活動する人たち)を活動へと向かわせているのではないかと Amichai-Hamburger は推測している。「彼らの行動は代償です。この世界で影響力を持つための、彼らなりの方法なのです」

ウィキペディアでは、ウィキへの参加の動機は、利他心ではなくむしろ自己表現なのだと言います。(g)創造的衝動や(h)他者からの承認が、参加動機になっているというのです。そう言われれば、納得できるところはあります。

ウィキペディアの利用者には、特定のページの更新をチェックしている人もいるし、熱心な利用者(特別な権限を持つSysOpと呼ばれる人たちも含まれる)達のチャットルームには更新履歴が流れるようになっています。こうした人たちからなる緩やかなウィキペディアコミュニティ内では、誰がどのページを編集したかということは自然に知られており、貢献の多い利用者は認知を高めていきます。ただしコミュニティを離れてしまえば、そうした情報はあまり流通していません。しかしウィキペディアコミュニティに属さない人には、「あのウィキペディアに参加しており、参加者たちによく知られている」といえば、それで十分に認知されるでしょう。ウィキペディア自体の認知度が高いからです。

グランズウェルでは、サポートフォーラムの利用者(運営者ではなく!)で、熱心に他の利用者を助けている人たちの声を紹介しています。デルのコミュニティサポートフォーラムの常連で、ログイン時間の累計が47万分以上にもなるジェフは、「人を助けるのが楽しいんです。助けた人たちから、『ありがとう』と言われるのがうれしいんです」と言います。Q&Aサイト「ネイバー」の回答者であるミスター・チョウは「会ったこともない人から感謝の言葉を伝えられると、よい気分になるんです。お金にはなりませんが、ネット上での人助けはやみつきになります」と言っています。

彼らは利他心で、面識も利害関係もない人たちを助けるという活動に参加しています。動機に利他心が含まれていることは間違いないでしょうが、自分がたしかに誰かの助けになれたことを確認する機会があり、そして謝意を受け取る機会があることも動機を強化しています。グランズウェルではこうした敬意や謝意、もしかしたら達成の実感なども含めた、ここで得られる心の充足につながるを「何か」を、心理所得と呼んでいます。

ウィキへの参加動機は、多くの場合に(e)利他心だと思われてきました。特にウィキペディアのような、コミュニティが運営しているウィキサイトではその傾向が強いでしょう。しかし、ウィキへの参加にも、やはり(g)創造的衝動や(h)他者からの承認などが動機を強化している面はあるのだと思います。それは利他心と一体になって発揮されているので気付きにくいのです。しかし利他心だけではなくこうした動機も働いていることは、New Scientistの記事からも、グランズウェルが紹介するサポートフォーラム参加者らの声からも、容易に推測できます。

ウィキにおける動機付けの弱さ

ウィキへの参加動機として、利他心の発揮の場を求めていることとともに、心理所得を求めていることを指摘しました。しかし、ここで一つ疑問があります。もしあなたが、ウィキペディアのあるページの記述に助けられたとしましょう。あなたはそれに非常に感謝しています。でも、誰に「おかげで助かったよ」と言えば良いのでしょうか。誰の知識に敬意を払えば良いのでしょうか。そうした心理所得は、誰に届ければ良いのでしょう。ウィキペディアを運営するウィキメディア財団?ウィキペディアに多くの時間を投じているSysOpと呼ばれるボランティアたち?それともそのページの作成者?

ページの作成者というのが、きっと一番良いでしょう。しかしウィキという仕組みの上では、どのページも繰り返し繰り返し加筆修正がされていきます。たとえば、ウィキペディア日本語版にある「日本語」というページは、更新回数が1,000回を超えます。今度は逆に、あなたが最初に「日本語」というページを作ったのだとしましょう。ではこのページを「私のコンテンツ」と言えるでしょうか。あるいは、200回目ぐらいの更新で、全面改稿かけたのだとしましょう。この場合、あなたは最初にページが作った人を「これは(私じゃなくて)あの人のコンテンツ」と認められるでしょうか。逆にあなたが全面改稿したとして、「これはもう私のコンテンツ」と言い切れるでしょうか。そう言いきれたとして、更新で「私の」になったコンテンツは、その後いつまで、どの程度加筆修正が行われるまで「私の」と言って良いのでしょうか。

少なくとも現在のところ、ウィキではコンテンツが誰のものなのかがはっきりしにくいのです。個々のページには最初の作成者がいます。でもその後、更新が何度も繰り返されます。もちろんその更新履歴には、一つ一つにそれを行った編集者がいます。しかし、では今表示されている最新のコンテンツは誰のものなのか、というとはっきりしません。

2008年、ウィキペディアとオックスフォードのどちらがより正確な百科事典かという論争が持ち上がりましたが、この論争自体が一つの皮肉を含んでいます。一般にユーザー・ジェネレーティド・コンテンツ(UGC)については、「この人の書いたことはどれだけ信頼できるのか?」と考えるのが普通です。しかしウィキペディアについては、個々のコンテンツや書き手ではなく、「このサイトはどの程度信頼できるのか?」という議論になったのです。強いて言えば、共同編集されているウィキサイトでは、コンテンツオーナはいまだにウィキサイトです。この点についていえば、ウィキサイトはUGC以前のサイト、Web 1.0のサイトのようです。

ウィキでは、一般にコンテンツの作成者というものがはっきりしません。これは、ウィキ上のコンテンツが誰かの役に立っても、この人がコンテンツ作成者にそう伝えたり、謝意を表したり、敬意を示すということができないことを意味します。裏返せば、グランズウェルでいうところの「心理所得」を得ることは、ウィキサイトでは難しいのです。報告や謝意、敬意を受け取るのは、言うならばそのウィキサイトに携わるウィキコミュニティのになります。個々人は、自分の参加コミュニティが感謝や敬意の対象になったことを、その一員として喜ぶことまでしかできません。

ウィキというシステムは、参加者が個人としてこうした心理所得を得ることが難しい仕組みになっています。たしかにウィキは、一度マス・コラボレーションが起こり始めてしまえば、それを非常にうまく受け止め発揮させる場を作るシステムとして優れています。その活用例こそウィキペディアです。しかしマス・コラボレーションに火をつけること、参加者の動機を煽ることについては、現在のところ弱いシステムなのです。そこはWeb1.0サイトよろしく、サイト自体のテーマ選択や目標設定の適切さ、デザインの良し悪しや参加しやすい雰囲気の有無、一度参加してくれた人を盛りたて援助するファシリテ―ションなど、管理者が高いコミュニティ運営力を発揮することに頼っています。SNSやブログのような、それ自体が参加を促しやすいWeb2.0システムに対して、ウィキはまだWeb 1.0的なのです。

ウィキへの動機付けの強化 - ウィキにシグネチャを

もう一つ、個人的な経験について書きます。私自身も個人のウィキサイトを運営しており、ウィキペディアなどいくつかのウィキサイトに参加(つまりコンテンツ作成や編集)したことがあります。このうち、継続的に活動しているのは自分のウィキサイトだけです。動機として利他心もありましたが、もちろん心理所得の期待もないまぜになっていました。たとえば、他サイトでそれと分かるように引用されればうれしかったし、コメント等で「ありがとう」と言われるのは確かに病みつきになる経験だったし、技術情報をまとめていくことで技術者として認知されたいという気持ちもありました。

そうした自覚から、逆に私のウィキサイトに他の人がページを作ってくれた時、私はそのページの先頭近くに「ページ作成者:○○」と書き込みました。それらのページで、謝意や敬意を受け取るのは、少なくとも私よりはページを作成した人の方が適していると思ったからです。このことは、2つの変化を生みました。1つは、以降もこうしたページ作成者名を明示したページは生まれていきました。もう1つは、そうしたページでは「ページ作成者」が継続的にページを更新し、コメント欄で他の人とコミュニケーションし、質問には回答し、議論に応じ、その成果を謝辞とともにページに反映していきました。つまり、ページ作成者がそのページの運営を始めたのです。

当時は、これはウィキサイトが本当に私の個人サイトから利用者によるコラボレーションサイトになり回り始めたということだったので、非常にうれしく思いました。そして今考えると、これはもう一つのことを示しています。この瞬間、私のサイトは私がコンテンツを発表するサイトではなく、コンテンツをホスティングするサイトになったということです。なにしろ彼らは、私のサイトの機能の枠組みの中でページを手直したぐらいで満足するようなことはなく「こうした画像やファイルを置きたいから、アップロードしておいてくれ」とメールを送ってきたりもしました。完全に、彼らが、彼らのイメージでコンテンツを作り、発表する場に変質していました。つまり、その当時はこうした言葉はなかったけれど「UGC」のための場に、大げさに言えば、ウィキサイトとしてウィキペディアと同じ役割を果たす場になったのです。

ウィキペディアのように、コンテンツのオーナーシップを移譲しなくても成功した例はあります。でもそれは希少な、空の星のような手の届かないところで輝いている成功例です。私はWeb2.0の参加動機に関する知見と、そして自分のささやかな実体験から、ウィキサイトでもコンテンツのオーナーシップを、それを書いた貢献者(Contributer)に移してしまった方が良いと考えます。少なくとも個々のページのオーナーは、サイト運営者(しばしばシステム運用者を指す)よりも、そのページに貢献してきた人たちだと考える方が妥当です。心理所得というものが得られるとすれば、それを受け取る権利も第一に貢献者たちにあるでしょう。

ニュース記事やブログ記事を見ると、そこには通常、執筆者の署名やプロフィールが目につく所に提示されています。その記事への意見や謝意などは、直接執筆者に送られたり、サイト経由で執筆者に転送されてくるでしょう。署名が、心理所得の届け先になるのです。もちろん前述したように、ウィキでは繰り返し繰り返し更新が行われるので、誰が執筆者なのかを決めることは困難です。しかしそれならば、ウィキでは各ページに、そのページへの貢献者全員の名前を提示すればいいはずです。そうすることで、心理所得は「名も知れぬコミュニティ関係者ご一同様」宛ではなく、きちんと「このページを作った○○さん、××さん、...」宛に名指しで届くようになります。ウィキへの参加の動機付けには、このことはかなり重要な意味を持つと思われるのです。

ウィキコンテンツにシグネチャをつけるということは、ウィキへの参加者が、そこでの活動に見合った達成の実感や謝意、敬意といった心理所得を得られるようにするために必要なことなのです。こうした心理所得を得られるようにすることは、ウィキへの参加の動機付けとして無視できず、それによって継続的なウィキサイトの更新への参加を得られることすらあります。ウィキペディアで使われているMediaWikiや、商用システムであるConfluenceなどは、過去のすべての編集履歴と編集者の情報を持っています。こうしたウィキアプリケーションであれば、その情報を提示してあげるだけのことですが、それだけのことにウィキへの参加動機を左右するほどの意味があるのです。

ウィキコンテンツにシグネチャを

この「ウィキコンテンツにシグネチャを」を、より細やかに行おうとするのがcovitと、その実用例であるSilubeです。covitは、任意のウィキページについて、ページ内の一つ一つのセンテンス、一つ一つの単語について、それがいつ、だれによって書かれたかを調べ上げます。手法としては、過去の編集履歴を一つ一つ見比べていくことで人手でも可能なことですが、現実としては、ウィキペディアを例にすれば50万ページがページによっては1,000回以上の更新履歴を持っており、作業量として不可能なことです。そこで、これをcovitが自動的に行います。

センテンスや単語ごとに執筆者が明確になったところで、これが利用者にも分かるように、そこにチップアップなどの形で執筆者名やリビジョン番号を埋め込んでいきます。また、そのページの最新版(あるいは任意の時点のもの)に、誰の書いた単語やセンテンスが、どれだけ残っているかを表にまとめます。あるいはどのリビジョン、つまりいつの時点で書かれた単語やセンテンスがどれだけ残っているかを別の表にまとめます。表を見て、ある人の書いた部分、あるいはあるリビジョンで書かれた部分がどこかを知りたくなった人に、それがまとめてハイライト表示される機能も提供します。このように表示した例が、Silubeです。

図1:Silubeのスクリーンショット
図1:Silubeのスクリーンショット

ウィキではページ全体に連名でシグネチャをつけられます。さらにcovitによる解析と表示方法を使うと、ページ内の一語ごとにそこを書いた人の単独のシグネチャをつけることができます。書籍でいえば、共著で書き上げられた書籍には、目次や端書き、小扉などに、章ごとの主著者が示されていることがあります。それと同じことを、covitがウィキコンテンツに対して行います。

共著書に章ごとの主著者が記されていれば、特に印象的だった章、特に新しく鋭い指摘などがあれば、それを書いたのが誰かを知ることができます。ウィキのページでも同じことが起きます。一つのページ内にも、そのページを読んだ人それぞれに、特に役立った部分や、興味を引いた部分があるでしょう。covitのつけるシグネチャがあれば、その部分を編集した人が誰なのかを知ることができるようになります。これを編集者側から見れば、「参加すれば参加者として認められる」だけではなく、「良いことを書けばそのことが認められる」仕組みに変わります。ウィキへの参加動機を強化する上でも、またウィキコンテンツの質を保つ上でも、こちらの方が巧みな仕組みです。


まとめ

ウィキはコラボレーションを行うための優れた仕組みです。2001年書かれたボウ・ルーフと“ウィキの父”ウォード・カニンガムによる共著「Wiki Way」の副題は「コラボレーションシステムWiki」でした。それが真実だったからこそ、タプスコットらはマス・コラボレーションを「ウィキノミクス」と命名したのでしょうし、その真実をウィキペディアの成功が証明しています。

しかし、参加の動機付け、コラボレーションを生み出す仕組みとして、ウィキはまだ吸引力の弱い仕組みだと感じられます。そこには多くのWeb2.0的な参加動機、心理所得の授受に必要なコンテンツ作成者を示すという仕組みが欠けています。ひとたびマスの参加が得られれば、コラボレーション・サイトとして回り続けます。しかしマスの参加を得るには、それが得られるまでサイト提供者とコアメンバーの力を尽くし続け、そして好運が巡ってくるのを待ち続ける、Web 1.0的な道のりを辿ることになります。

ウィキをマスの参加が得られる仕組みにするために、まず提案したいのは、個々のページにそのページの歴代更新者をすべて表示することです。ウィキは、個々のページが大勢に更新を繰り返される、コンテンツから見れば永遠に共著者が増え続ける仕組みです。各ページに単著者は存在せず、主著者を定めにくく、共著者リストは長く伸び続けます。だから「このページの著者は」と言われても困るし、実際に更新者のリストが、コンテンツであるページに作成者として一緒に提示されるウィキサイトを見たことはありません。しかしそれでも、ウィキがWeb2.0的な参加動機を与えやすい、成功を得やすい仕組みであるためには、すべての更新者を共著者として、各ページに明示した方が良いと思います。これは、現在のウィキの持つ情報だけでできることです。

そしてその参加動機付けをより強化するには、コンテンツをページ全体ではなく段落、文、単語にまで区切って、その部分部分を誰が書いたのかを提示することを提案します。そうすることで、良いことが書かれているページの多くの参加者の一人としてではなく、良いことを書けば、まさにそれを書いた本人、単著者として認識してもらえるようになります。このことは参加の動機が強まるだけではなく、より良い内容を書こうという質への動機も高めるでしょう。これは、現在のウィキの持つ情報だけでは難しく、これをもう一段階解析する必要があります。そのための仕組みとして、私は今covitというツールを作っており、Silube.comはそれをアプリケーション化して提供しようとしています。

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publish-date=04242009